その日
彼と何を話したのは覚えていない。
彼を怒らせないように
早く切らなければ…と
なるべく穏便に話したせいか
彼の機嫌を損ねる事はなかったと思う。
ただ一つだけ
万引きした商品を
きちんと戻して
お店に謝りに行ってと
説教じみた事だけは
はっきりと言ってやった。
予想通り
「そんな事出来る訳ないだろ?」と
軽く笑われたけれど。
電話を切った後
この先、どうなるのか
不安でたまらなかった。
ところがその後
しつこく電話が来る事もなく
数日が過ぎた。バイトも大分慣れ
常連のお客さんとも仲良くなってきた頃
お店に、どこかで見た事のある人が
やってきた…
「……あ、、、、」
見た目の雰囲気が全く違うので
一瞬わからなかったけれど…
彼女の存在を認識した瞬間
一気に重苦しく
嫌な気持ちになった。
「奈津さん…」
忘れよう…と思っているのに
どうして次から次へと
こうも偶然が重なるのだろう?
けれども
初めて会った時の
あの嫌な感じはなくて
女友達と一緒に
とても楽しそうに話していた。
黙ってスルーする事も出来るけれど
もし、彼女も
私の事を覚えていたとしたら…?
この狭い空間の中で
バレずにヒヤヒヤしながら
仕事をするのは無理があるし無視するのは
やはりよくない…と思い
オーダーをとりにいくついでに
自分から声をかける事にした。
「こんにちは。…お久しぶりです。」
物凄く緊張したけれど
なるべく、にこやかに挨拶した。
けれども、彼女はびっくりした顔で
私をじっと見つめる。
「あの…ごめんなさい。」
忘れられていたのだろうか…?
それとも…
「…もしかして…
奈津の知り合いですか?」
「あ、、、、はい。」
「私、妹です。」
私が声をかけたのは
妹の瑠香さんだった。
*