「30秒で返すから」

強引に言われ
助けて貰った手前、断る事も出来ずに
私は渋々スマホを渡した。

「サンキュ」

彼はそう言うと
慣れた手つきで電話をかけていた。


どうやら

彼女の持っている自分のスマホに
電話をしているらしい。

開始時刻まであと少し。
早くしないと間に合わない。

焦る気持ちを抑えながら
私は、彼の電話が終わるのを待った。

私の不安をよそに
ものの数秒で電話は終わり
直ぐにスマホは返された。

「悪かったな。
これ、純平と一緒に食べて。」

彼はそう言うと
手に持っていたビニール袋を
渡してきた。
 
中には、ジュースとお菓子が入っていた。

貰う事を躊躇していると

「いいから早く行けよ。
時間、間に合わねぇぞ。」

思いっきり警戒していた割には

特に何か
変な事をされたりもせず‥

雄大や純平から
彼の悪い噂を色々聞いていただけに

何だか‥拍子抜けだった。

もちろん

油断は禁物なのだろうけれど‥‥



開始時刻まで
残り後数分

ダッシュしないと間に合わない。

軽くお辞儀をして
私は、慌てて走り出した。

後ろで剛が何か言っていたけれど
何を言っているのかわからなくて

気にもせず、全速力で走った。

「‥‥大丈夫か?」

心配していたのか
立ったまま待ってくれていた純平

開始時刻には間に合わなかったものの

運営の問題なのか

花火はまだ始まっていなくて
ホッと一安心。

浴衣に下駄といういでたちなのに
息を切らし髪を振り乱して
走ってきたせいか

「別に……ゆっくりで良かったのに」

そう言って笑いながら
優しく私の乱れた髪を
直してくれた。


「どうしても‥
最初から一緒に見たかったから」

少し照れながら言うと

「そっかそっか。」

私の言葉に、とても嬉しそうな顔。

その笑顔につられて
こっちまで嬉しくなる。


「おいで。」


両手両足をを広げ
いつものポーズで
こっちに来いと言われた。

彼の前に
背を向けるような形で座ると

後ろからすっぽりとくるまれ
ぎゅっと抱きしめられた。

「あ、始まった。」

空を見上げると
ドーーンと大きな音と共に

華やかな光が散りばめられた。

美しい夜空と

背中に感じる彼の温もり

好きな人と
過ごす事が出来る喜びに

私は

幸せを噛みしめていた。





*